助産寺のはじまり*体験記*

2017年3月、みゃくそんの株主さんで、お話会を通して親交のあったご家族から相談を受けた。

「臨月のお腹の赤ちゃんが逆子で、月末に帝王切開の予定なんです・・・」

不安そうな彼女の相談を受け、なんとか帝王切開を避ける道が無いか探るうちに、協力してくださる助産院が見つかり、彼女も私たちに出産を委ねてくれることになり、導かれるかのように「生まれ直す出産」として助産寺のスタートとなった。

彼女の体験記をお読みください。

きっかけ

貊村・助産寺での経験は、自分の人生を180度、転換させたと言ってよい。
人は変わることができる。
そのきっかけを私は「出産」というものを通して、頂いた。

あまりに恥ずかしいこれまでの私であった。
しかし、私の経験を記すことで一人でも多くの方に助産寺と出逢っていただき、一人でも多くの女性に本来の生き方をして欲しいとの想いで、私の助産寺体験を記させていただくことにした。

これまで

私は三重県四日市市にて漆器業を営む主人と1歳の長男との三人で暮らしていた。
二人目を妊娠。
8ヶ月頃から急に体力が落ち始め、心も体も弱っていった。

子育てもうまくいかなかった。
外に行きたい、もっともっと遊びたいという長男の欲求に心も体もついていかず、泣かせてばかりいた。
先のことを考えると不安で、現実に対して不満を抱えていた。
だからと言って自分自身の力で現実を変えていこうとするエネルギーもなく、「こうなったのは〇〇のせい」と原因ばかりを探していた。
疲労困憊していた時期だった。
と言いたいが、実はこれまでの私の人生はいつもこのような調子だった。

四日市から豊田への移住

転機が訪れた。

妊娠8ヶ月の終わり頃、お腹の赤ちゃんが逆子になり、突如、帝王切開の話が持ち上がった。
帝王切開しか方策はないと諦めかけていた時、貊村の唖樵さんからお腹にメスを入れる危険性について伺った。
その後、逆子の自然分娩を行っている産院を探したが四日市では見つからず、助産寺代表の一静さんが紹介してくださった愛知県豊田市のあかね医院を受診することとなった。
検査の結果、私は逆子の自然分娩をさせてもらえることとなった(※1)

予定日まで残りひと月。
四日市の自宅から豊田市の一静さん宅へ息子と二人で移住することとなった。

※胎児の頭囲と私の骨盤幅を測り、胎児が産道を通ることができるかを予測。
検査結果には個人差があり、一様でないことをおことわりしておきます。

一静さんとの出逢い

豊田市の家では、一静さんから様々なことを教わった。
ここでは書き尽くせないほど、教わった。
特に長男との関わり方について、私は初めて真剣に考えた。

私が疑問に思うことは抽象的であろうと具体的であろうと、どのような質問に対しても的確な答えをお持ちだった。
「生きる意味」・「信念」を持つ人の顔だと思った。

私と息子が移住したことで、部屋の中のテレビや机、テレビの配置がガラリと変わった。
庭の草木が刈られ、石が取り除かれ、素足で遊べる遊び場が出来た。
息子が塀を上って外へ出ないよう竹垣が作られた。「〇〇してはいけない」と子どもを注意するのではなく、いかに子どもが自然体で伸びやかに過ごせるか、その環境を用意することに意識が払われていた。

その考え方が、衝撃だった。

食べること・生きること

「食べたものの意識で私たちの体は作られている」

最初に聞いたときは驚いたが、共に暮らしていくうち、その意味するところを体感したように思う。
一静さんの手によって作られた料理は、どれも素晴らしく美味しかった。
肉も魚もほとんど卵も使わない料理。
一体何がメインになるのか?
と最初は味気なく素朴なものを想像していたのだが、主となる大豆や野菜たちが喜んで一静さんに調理されているようで、どの食材も生き生きとして食卓に並び、本当に美味しかった。
「おいしくなりますように」と祈りながら調理されているという。

私はこれまで、“食べてくれる”相手の幸せや健康を祈って調理したことがあったろうか?
いかに時間を短縮できるか、いかに安く見栄えのする一品を作るか、そのようなことを考えていたように思う。
一静さんの料理は、食べることの根本を問い直すとともに、作ることと向き合う姿勢を見つめなおすきっかけも与えて下さった。

もう一つ特筆すべきこととして、「元精穀」(かんせいこく)という海藻、豆、穀物の調和がとれたご飯は私の中の本能が求めているとしか思えなかった。
「これを食べていれば大丈夫」という安心感が心を穏やかにさせてくれた。
一静さんの料理と元精穀を食し、私はいつしか心が安定してくるのを感じた。

前向きに生きるエネルギーが食をとおしてぐんぐん湧き起こってくる。
衝撃だった。

問題は自分がつくりだしている

何かのストレスを感じたとき、砂糖をとることで一時的に気がまぎれ、満たされる。
けれどストレスを感じさせる問題そのものは解決したわけではないから、また同じことでストレスを受け、砂糖を摂取する。知らず知らずのうちにこの悪循環の中に私はいた。

中毒性のある砂糖は女性にとって最も大切な子宮を汚し、その汚れた子宮が様々な問題を引き起こしていく。
確かに、これまでの私は物事の捉え方、感じ方が卑屈で窮屈だった。
ある方に言われた。
「問題は、あなた自身なのよ」、と。
なるほど、と思った。

助産寺の食事にはアガぺシロップという花の蜜や、麦芽シロップ、また、デーツと呼ばれる自然の甘味が用いられていた。
また、おやつは有機レーズンやプルーン、カボチャの種、ブルガー小麦の焼き菓子、潮麦を焼いたポン菓子など、自然の恵みをいただき、砂糖なしの素朴な美味しさを味わった。

一静さんの手作りおやつは私と息子の楽しみでもあった。
砂糖をとれないストレスは一度も感じることなく、体にも心にもやさしいものに出会えた気がした。

出産―生まれ変わりー

豊田の家に移住してから三週間が過ぎた。
そして4月19日、無事に女児を迎えることができた。

一静さんはじめ、総勢9人の大応援団の声援を感じながらの一生忘れられないお産となった。

豊田の家で養生をしていたおかげで気力・体力が培われ、お産に対する一切の不安なく逆子の自然分娩に臨めたのが良かったと思う。
「女性は出産によって生まれ変わることができる」と言われた通り、私は生まれ変わることができたと思う。

自分のお産を人様の目にさらすなど、これまでの私では考えられないことだった。
しかし、豊田の家で学ぶうち「お産」は決して隠したりするものではなく、最も神秘的で感動的で神聖な生の現象だと感じるようになった。

逆子で生まれてきた赤ちゃんは、2888グラムの小柄な女の子だった。
この子が逆子でなかったら、助産寺に来ることはなかった。
すると今のような自分はいないのだと思うと、この子は逆子になって私に大切な何かを伝えようとしたのかな?と思えて愛おしくて仕方がなかった。

豊田の家に移住してから、私は目の前に起こるすべての出来事は私に必要な学びであることを知り、すべてに“感謝”ができるようになっていた。

産後の肥立ち

一静さんから口を酸っぱくして言われたことは「産後三週間はとにかく体を休める。
すると三週間が過ぎる頃には体力がすっかり元通りになるから」というものだった。
洗面や手洗いに行くときですら立ち上がっていかず、床を這っていく。
私がいつもの癖で立ち上がろうとすると一静さんに「真理サン、這って!!!」と真顔で言われたことを懐かしく思い出す。

そのお陰で今、私はお産の後遺症に苦しむこともなく、二人の子どもと元気に駆け回っている。
実は一人目の出産をした病院では、出産の次の日からシャワーを浴び、面会客と話しをしたり、挙句の果てに「寝すぎも良くない」とのうわさを聞き、病院の中を歩き回ったりしていた。
そのためか、産後、劇的に体力が落ちてしまった。

また、それと同じくらい大切なことについて触れておきたい。
産後の三週間は赤ちゃんとの聖携性(せいけいせい)を作る一番重要な時間のため、極力二人だけで過ごすようにとアドバイスを受けた。
この時期の赤ちゃんとの関係がその後の二人の関係性の土台を作ると聞き、目からウロコだった。

さらに、羊水の中から突如、空気に触れた赤ちゃんは不安と共にあり、そのストレスを最小限にするため部屋は薄暗くし(胎内で赤ちゃんが感じている光と同じくらいの明かり)、窓を開け放って外気に触れさせるのはもちろん、携帯の電磁波も極力浴びせないようにした。

今のところ、娘は激しく泣いたりすることは少なく(長男との比較でしかないが)安定しているように見える。
何もできない小さな娘がそばにいるだけで、私自身が落ち着いた気持ちになるのも不思議である。

これから

助産寺で2か月間を過ごし、学んだことは数えきれない。自分の命を“生ききる”覚悟が決まり、自分の人生を人任せにしない、自分の運命を自分で切り開いていこうとする心が育ったように思う。

一静さんは“自分の生涯を捧げて助産寺を広める”という信念を持った方だ。
そのような方と共に生活をしたことで、その波動が私の中に今も伝わっている。

「もう、大丈夫」。
自らの人生を歩んでいく自信のようなもの手にした。

最後に

一静さんと出逢う前、妊婦である私はどういう食事をしたらよいか、何を食べるべきでないのか、私の食べたものが赤ちゃんにどのような影響を与えるのか、まったく無知であった。
さらに、子どもへの躾(しつけ)というものは、何を基準にして、どのように行えばいいのかも分からなかった。
分からないままに気が付けば子育てが始まっていた。

今思えば、何と無責任なことだろうと思えるが、当時の私にはそれにも気が付かないほど余裕がなかった。
そのような意味からも、女性が生きるうえで知っておきたいこと、知らなくてはいけないことを伝えてくれる助産寺の役割は今後、大きなものとなるに違いないと確信している。

繰り返しになるけれど、今後、一人でも多くの女性に助産寺と出逢っていただき、本来誰もが持っている秘めたエネルギーを発揮して生き生きと生きていかれることを切望し、私の助産寺体験記を締めくくらせていただくことにする。

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